takkaaaan blog

多分色々書きます

「ゴーン・ガール」


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「ゴーンガール」
 
★10/10
 
新年一発目からかなり出だしが良かった。僕の個人的な感想で言わしてもらえば完璧な映画だった。頭から最後まで完璧。音楽も演出も役者の演技も全ての水準が最高値だったと思う。じゃあ肝心の物語に関してはどうだったのか。これが本当に面白くて仕方なかった。(以下ネタバレ含む)
 
「ゴーン・ガール」は既存のサスペンス映画をあざ笑っているかのような作品だ。ミスリードに次ぐミスリード。そして誰も観たことの無い未知の領域へと物語は進んでいく。最終的にはミステリーやサスペンスというジャンルさえぶち壊して進んでいく。物語の終着の仕方も素晴らしかった。見終わった後にニック(夫/ベン・アフレック)とエイミー(妻/ロザムンド・パイク)はどうなったのかと妄想してしまう。
 
個人的な話になってしまうが僕はこの映画を恋人と観に行った。観た人の感想や事前情報などでカップル向けの作品では無いと分かっていたから内心ビクついていたのだけれど結果的にカップルで観に行って良かったと思う。
 
面白かったのは僕と彼女でエイミーに対する感じ方が違ったという事。あと2人ともエイミーに対して共通して感じていた事もある。
 
まず共通して感じていたのはエイミーという女性は「純粋」な女性だという事だ。この純粋は自分の欲望や目的達成の意識というのも勿論あるのだけれど、一番は対象への「愛」だ。
 
映画の間にも挟まれるエイミー自身の日記でも語られている通り、エイミーは確かにニックを愛していたのだと思う。この愛の強さと比例するように夫への完璧さを求めた結果、ニックは夫婦生活に息苦しさを感じダメ夫へと変化してしまった。そして事件は起きた。ただ、もしニックが完璧な夫を演じきっていたらきっと二人は作れられた夫婦像のまま幸せに暮らしてる事だと思う。(「ゴーン・ガール」の面白いところは物語の終着をそこに持って行ってしまうところにもある。)
 
僕と彼女の感じ方で違ったのは次のシーンだ。これはもしかすると男女の考えの差とは関係無いのかもしれないが。
 
そのシーンを書く前に、ここで後で読み返した時のために簡単にあらすじを書いておく。
 
(ニック)
ニック五年目の結婚記念日に離婚を切り出そうとしていた。→外出から戻り家に戻るとエイミーが行方不明。しかも事件性のある失踪の仕方。→警察、マスコミに捜索依頼→しかし状況証拠(エイミーの作り出したトリック)、発見されたエイミーの日記からニックがエイミーを殺したのでは無いかと容疑をかけられる。
 
(エイミー)
年々夫婦仲が悪くなっていたニックの不倫現場を知る。同時にニックが自分に愛情が無くなった事も知る。→復讐を思い付く(しかも自分の夫を殺人犯に!)→警察やマスコミがニックに疑いが行くよう用意周到なトリックを施す。→自分はお金を持ち失踪(この段階では最終的に本当に自分も死ぬ事を考えていたようだけど途中で思い直して別の人生を生きようと思う?)→しかしハプニングが起こり持っていたお金が無くなりピンチに陥る。どうするエイミー。→学生時代のエイミーの元彼(ニール・パトリック・ハリス /真面目な変態)に助けを求める→しかし真面目な変態とは知らずに助けを求めた結果、元彼の別荘に軟禁状態に陥ってしまう残念なエイミー。
 
少しふざけて書いてしまったので誤解の無いように書いておくとエイミーは相当頭が切れ、異常に計算高い女性である。
 
話を戻すと変態元彼によりピンチに陥ってしまったエイミーは時を同じくして、警察やメディアから疑われてピンチに陥っていたニックのインタビュー会見をTVで観る。そこでニックはエイミーに対して表向きはダメ夫だけど妻を愛しているといった内容のインタビューを話すがエイミーにだけ分かるように「降参、助けてくれ」とメッセージ(あくまでも比喩表現)を送る。
 
そのメッセージを受け取ったエイミーは、これまた用意周到な計算のもと元彼を殺害(!)、なんなら行方不明も全て元彼が起こしたように見せかけ、命からがら戻ってきた妻を演じてニックの元へと戻ってくる。 
 
この時に「エイミー怖ぇー!お見事!」と僕は思ったのと同時に、上手いタイミングを利用して戻ってきたものだと思った。それくらいエイミーもピンチに陥っていたのだと思っていた。
 
この事を彼女に伝えると、違った感想が返ってきた。エイミーは全然ピンチなんかじゃ無かったと言うのだ。エイミーの頭の良さなら元彼を手玉に取ることはたやすいのではないか。単純にエイミーはニックを愛していて、あのインタビューを観てニックの「助けてくれ」というメッセージで戻る事を決意したのだと。そして邪魔な元彼を殺害して戻ったのでは無いか。という事だった。そんな事あるかー?と正直思うものの帰ってきたエイミーはニックにこう伝えている「あなたがあのインタビューで(助けて)と私に言っていた。だから私は勇敢にここに帰ってきたのよ」と確かこんなニュアンスの事を言っていたと思う。
 
「なるほどなー」と思ったのと同時にどちらにせよ「エイミー怖い!怖すぎるよ!」と言う感想は変わらなかった。むしろ増大した。エイミーは愛する夫の下へ戻るため人を殺すのもなんとも感じていなかったという事である。そりゃ夫を殺人犯に仕立て上げるのも余裕で考えつく訳だ。
 
この怖すぎるサイコパスな妻のエイミーだが、怖すぎるのと同時に後半に連れて綺麗さもどんどん増していく。怖いのにどんどん魅力的に撮られているのだ。
 
なので僕は「ゴーン・ガール」という映画はエイミーという女性の魅力を描き切った作品だと思っている。
 
そのエイミーを演じきったロザムンド・パイク、凄すぎる。僕はいまだにエイミーの魅力に取り憑かれているようである。
 
「セブン」、「ドラゴンタトゥーの女」、フィンチャー監督の作品には本来なら撮らなくても成立する部分、ただし現実に目を向けると避けて通れない部分を愚直なまでに撮りきろうとする表現があると思う。人によってはその部分に拒絶反応を示すのかもしれない。だけどフィンチャーの「こっちは逃げずに撮った。そっちはどうだ」と投げかけられている表現が僕は大好きだ。そんな映画が「ゴーン・ガール」からも感じる事が出来る。