takkaaaan blog

多分色々書きます

cero「Orphans」に関する駄文


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下記は某だいすきクラブに寄稿しようとただ感想を垂れ流して書いた記事です。要するにお蔵入り、ボツ記事。なんだけど、タスク整理をして読んで「消すのも勿体ないなー」と思っちゃったので個人のブログの方に残しておくことにする。いいよね。個人だし。多分誰も見ないし。(笑)

しかし読み返したのだけれど、なかなかに妄想が妄想のまま終わっちゃって酷い文章だと思う。始まりの書き方なんか格好つけちゃって恥ずかしすぎる。しかし戒めのごとく、そのまま残しておく。(ドM)

cero「Orphans」

完璧なポップミュージックという括りが仮に存在するとした場合、先日発売されたばかりのこのceroの新曲、「Orphans」はその括りにまず入るべき曲であろうと僕は思っている。

もう何十回も聴いているのだけれどひたすらに気持ちいい。「フルートの音ってこんなに可愛いらしい音でポップになるのか」だとか、「ボーカル( 高城晶平 )の人の声ってこんなにソウルフルだったのか」だとか、「これって全然詳しく無い僕でも分かってしまう程にフィッシュマンズの音楽がこの2014年に蘇っているじゃん!」とか色々思うことはある。ブラックミュージックやソウルミュージックとして見てもすんばらしい曲なのではと思う。

でもね、そういった感情は初めの五回程聴いた感想で、その後からはひたすらにceroから発せられる詩の物語に気付けば夢中になっているのだ。青春ゾンビさん(cero『Orphans/夜去』 - 青春ゾンビ)でも明言されていた事なのだけれど、今回は日本語で歌い、それを感じとってもらうという点にフォーカスが当てられているように思う。充分過ぎる程にメロディーと言葉のハマりも素敵な曲ではあるのだけれど、ただそこを重点として置いてないように思う。今回は描いた歌詞の物語をどう音で表現するか、言葉のイメージをどう聞き手に増幅して感じ取ってもらうのか。そういった作り方を今回は行ったのではないだろうか。その結果、歌詞を観ずとも曲を聴くだけで「Orphans」の物語が頭の中で映像に浮かび上がってくる。

ここからはただの妄想。「Orphans」は、「こうであったかもしれない」というパラレルと現実が交差する話を描いている。でも私たちの生きているこっち側とあっち側は多分一生重なることはない。でもそのあっち側を想像してもしかするとどちらも私達は経験していたのではないか。ということなんだろう。これはSFであり、恋愛であり、兄弟の物語なのだ。その物語を二つの視点から描き、それもごく自然なシームレスなアレンジと歌詞の妙で、私たちに生きているこの瞬間の素晴らしさをゆるやかにはっきりと伝えてくれている。

僕ははっきりと感じる。間違いなくceroの楽曲の中でもこれまで幾多の数のポップミュージックの中でも(これは自分の数少ない音楽遍歴の中でもという)贅沢で芳醇な曲だと。アレンジもメロディーも歌い方や詩まで非常に魅力的な曲になっている。そりゃあ色んな人々が絶賛する訳である。