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takkaaaan blog

多分色々書きます

「あの娘のドキュメント AV女優 春原未来のすべて」


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「あの娘のドキュメント AV女優 春原未来のすべて」
 
★10/10
 
見終わった後、とても不思議な感動があった。
 
これは果たしてAVなのだろうか。
 
冷静に考えるとこれはAVなのだろう。ここには男女がセックスをするシーンが多く含まれているし、そのセックスシーンでは視聴者が興奮出来るような構成と撮り方を徹している。(ドキュメンタリー作品なのにAV監督としてのプロ根性まで見せられちゃってぐうの音も出ない)
 
でも、それ以外の部分があまりにもAVではない作品だった。例えばどうして春原未来さんがAV女優になったのかを掘り下げていったり(実際掘り下げていたりもするのだけど)、撮り方の方法やプレイ内容に試行錯誤を繰り返したりと方法はいくらでもあったと思う。それが出来る技量も持ち合わせていたはず。
 
この作品の始まりは偶然からだった。春原未来さんとタートル今田監督がある企画の中で趣向としてセックスをしながらインタビューを行う。(逆か?)そこでAVの作品作りとしてはタブーとも言える射精シーンを撮れなかったこと。インタビュー時での彼女の言動と自意識の低さに興味を持った監督は、リベンジも含め、彼女のドキュメンタリーを撮ろうと決め、彼女と二泊三日の旅に出る。
 
ただ、果たして監督はこの旅で彼女の本質を探るつもりがそもそもあったのだろうか。
 
何故そんなことを思ってしまうかというと、この作品がドキュメンタリーとしての形すら時折放棄しているからだ。監督は最初の夜だけ春原未来さんの本質を探るために彼女に質問をし、喋らせる。そこで予想以上に彼女の抱えてるモノが大きなものだとタートル今田監督含め僕たちは知ることになる。観る人が観ればドン引きなのも仕方ないだろう。それはタートル今田監督もしかりだったはずだ。
 
ただ、監督が彼女の内面を知り、更にそこに踏み込んでいくことは僕が見ている限りでは無かった。というよりも彼女の言動に対して一緒に悩んでいた。そして「春原未来」という女性の内面に答えを出さずそのまま時に身を委ねていた。
 
この作品が斬新だったのは、彼女の内面を言葉ではなく、行動で掘り下げて撮ったことにある。
 
旅の最中に春原未来さんはこんなことを言っていた。(と思う)
 
「AV女優でいるということを意識しない、タートル今田さんの事も監督ではなく一人の男性として一緒にいることを意識する。」
 
「自分のやりたいようにやる。また、タートル今田さんがして欲しいことをしたい」
 
というような内容。これすごいことだと思う。だって作品作りを放棄しているとも取れるのだ。でも春原未来さんの魅力を探る上では結果的に正しい選択だった。AV女優としての「春原未来」ではなく、一人の女の子としての「春原未来」がどんなに魅力的か。実際にAV女優であることを忘れた彼女は兎に角無邪気だ。雪が積もれば大はしゃぎで遊び、あまり強くはないであろうにお酒を飲んではリアクションで笑いをとったりする。しまいには○○○。しかも監督までも○○○。その無邪気さも含め、素の彼女の顔を撮った事により、この作品はAVとはまた違う作品へと変化している。そしてAV女優ではない一人の女の子のセックスを撮りきったことも大きい。だって、普通はそんなの観ることなんて出来ないからね。とても貴重な映像だ。
 
恋人同士でもない、一人の女の子と一人の男性のドキュメンタリーのような、ロードムービーのような作品。だからこそ時に馬鹿馬鹿しくて時に感情的になることが出来たのだ。それは観ている僕らも同様だ。終盤のシーン、これで「作品」が終わってしまうと分かった春原未来さんはセックス中に泣き出してしまう。何故か観ている僕まで目頭が熱くなってしまった。
 
タートル今田監督は今作でAV女優を意識しない春原未来さんを撮った結果、何倍にも増して春原さんが魅力的な女性であることを僕たちに知らしめてしまった。だってこれはファンになっちゃうよね。まさかテレキャノであんなに情けない姿を晒していた人がこんな素晴らしい作品を撮ってしまう監督だとは思いもしなかった。と言うと失礼過ぎる話なのだけれど。
 
観て良かったかどうかで言えば、最高に良かった。万人に受けないとしても良いのだ。カップルで観ても良いんじゃないかな。ここには一つの愛の絆みたいなものも僕には感じ取ることが出来た。