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takkaaaan blog

多分色々書きます

「SPEC~結~ 漸の篇/爻ノ篇 」

映画
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「SPEC~結~ 漸の篇/爻ノ篇 」

★2/10

はっきり言いますね。駄作です。

もう、これは「SPEC~天~」、ないし「ケイゾク」の映画の時から分かってたことでもありますが、多分映画向きのストーリーじゃないんですよ、そもそも堤幸彦の演出作品って。当たり前に地味じゃないですか、基本的に。それがドラマでは、あの妙に引っかかる撮影方法とあまりにも細か過ぎて一瞬気付かないユーモアによって魅力的な作品となっていたわけなのですが(勿論ストーリー、キャラの魅力は大前提として)、それを映画に同じ方法で持って行くと、やっぱりどうしても安っぽく見えてしまうんですよね。だからそもそも堤幸彦の作品は映画向きでは無いとあえて断言しておきます。ちなみに「トリック」の映画はある時を境に観ていないので超勝手な決め付けです。異論は認めます。(笑)

で、今回もやっぱり(あくまで個人的な感想ですよ)、ダメでした。CGによって東京の壊滅を描ききってはいますが、いかんせん、僕たちはハリウッドの作品をもう数え切れない程多く観ている訳で、「比べる/比べない」の話の前にハリウッドによる世界崩壊の映像が嫌っちゅう程頭にこびりついてるわけです。そこに対して正攻法でぶつかったらそりゃ、負けるのは当たり前なんです。いや、そもそも「SPEC」は映像の力で勝負する作品じゃなかったと思うのです。結果的にこの「結」はB級感溢れきった映像になってしまっています。かなり辛辣に書いてますけど、あれをハリウッドに匹敵する仕上がりだ!と思っている人が果たしていたのかって事ですよね。いないでしょう。多分。

じゃあ、肝心のシナリオはどうだったのか。これも引っかかるというか、「じゃあそもそもSPECってなんだったんだよ!」と思わずツッコミが出てしまう伏線の回収の仕方だったのですよね。(これも勿論個人差はあるかと思いますが)僕が思う、SPECとは当麻紗綾が第一話で話していたことなんです。
 人間の脳は通常10パーセントほどしか使われてません。残り90パーセントがなぜ存在し、どんな能力が秘められているかまだ分かってないんです。(中略) 通常の人間の能力は、常識では計り知れない特殊なSPEC(スペック)を持った人間が、この世界には既にいると私は思います。「SPEC」 第一話 甲の回より
つまり、人間には秘められたら能力があるという前提のもと、つまりはあなたにも僕にもその可能性がある、という話の作り方によって「SPEC」は話が展開されていたわけですよね。だからこそ、人間離れした「時を止める」能力もギリギリの範疇で受け入れる事が出来たんです。それはある意味元は人間という事実があるから。

ただ、完全に「結」ではその事実が根底から塗り替えられます。それもかなり今更すぎる説明によって。人に寄れば許せる範囲なのかもしれませんが、(まあ子孫だから、許せるっていうのもギリギリ理解できる)ただ、好きなだけにそんなんで「納得いくかいな!」と僕はやっぱり思ってしまったんですよね。(苦笑)

かなり熱くるしくクドクドと文句ばかり言ってしまいましたが、しょうがないんです。あれだけ優れたドラマを制作しているからこそ、この映画版の完成度にモヤモヤしてしまうんです。(ならお前が作ってみろよって話もすげー分かります。無理です。)

それでも、「ケイゾク」の映画とは違い、「SPEC」という物語にきっちりと幕引きを与えてくれて良かったです。 ハッピーエンドでは無いとしても、あのラストシーンがあって当麻は救われたのだろうと思えましたしね。

まぁ、最終的にまとめると、僕の求めていた「SPEC」の物語と作り手側の物語に圧倒的な違いがあったということなのでしょう。ただ、多くの人がこんな物語を望んでいたとは到底思えないと一言付け加えておきますが。